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東京地方裁判所 平成7年(ワ)11086号 判決

原告

ディータレローズ

右訴訟代理人弁護士

濱田広道

被告

株式会社オークアソシエイツ

右代表者代表取締役

高橋シャーロット

右訴訟代理人弁護士

室伏康志

木内秀行

主文

一  被告は、原告に対し、金一三一万〇三八八円及びこれに対する平成七年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三八二万〇五二六円及びこれに対する平成七年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

原告が労働契約上の約定等により、売上高に対する一定額の歩合給を請求する権利があるとしてその支払いを求めている事案である。

一  前提となる事実(括弧内に証拠の記載のあるもの以外は争いのない事実)

1  被告は、日本国内で活動する企業を対象とした人材開発等を主要な業務とする会社であり、原告は、平成三年二月四日から平成七年二月二四日まで被告の従業員として雇用され、人材開発本部長の地位にあった。

2  原告と被告が労働契約を締結するにあたり、合意された契約書(以下、本件契約書という)には、別紙一記載の約定があり、被告の就業規則には別紙二記載のとおり規定されていた。(書証略、弁論の全趣旨)

3  被告の会計年度は、九月一日から翌年の八月三一日までである。本件契約書ⅣのCに記載されたボーナス(原文は英語で記載、本件におけるボーナスの性質については後に判断する。なお原告は歩合給の趣旨であると主張している。以下、本件ボーナスという)の対象となる売上金額は、平成五-六会計年度(平成五年九月一日から平成六年八月三一日まで、以下同様に記載)が二一五〇万二二一六円、平成六-七会計年度は二四四二万九〇二〇円ないし二四七五万〇三〇〇円であった(右の範囲で争いあり)。

4  原告が被告に雇用されて以後、原告の担当部門(JOBS)の売上高(個人の売上高と区別される担当部門全体の売上高)が、売上目標高に到達した会計年度は、一度もなかった(書証略、原告)。

5  被告は、原告に対し、平成二-三会計年度の本件ボーナスとして二二〇万円、平成三-四会計年度及び平成四-五会計年度の本件ボーナスとして本件契約書ⅣのC記載の割合による金額を支払い、平成五-六会計年度の本件ボーナスは支給せず、平成六-七会計年度はボーナスとして一一一万七三五一円(現実の交付額、なお本件契約書記載のボーナスとしての交付であるか否かは争いあり)を支払った(書証略、原告)。

6  原告は、平成七年四月二四日、被告に対し、本件ボーナスとして三八二万〇五二六円の支払いを請求した。

二  争点

1  本件ボーナスの性質

2  原告に競業避止義務違反があったか、またこれが本件ボーナスの不支給事由となるか

三  当事者の主張

(原告)

1 原告と被告との間の労働契約において、基本給のほか、原告の売上高が二〇〇〇万円を超えた場合には、最初の二〇〇〇万円までの売上に対してその一〇パーセント、二〇〇〇万円から三〇〇〇万円の部分に対してはその一五パーセント、三〇〇〇万円を超えた部分に対してはその二〇パーセントを歩合給として支給する旨の約束があった。本件契約書ⅣのCは、右の趣旨で記載されたものであり、規定の体裁上も一定の要件を満たせば必ず支給されるべきものとして表現されており、原告個人の売上高が右基準に達すれば当然に支給されるべきもので、担当部門の売上目標高の達成については本件ボーナス支払いの条件となっていないことは明らかである。また、同ⅣのEは本件契約書に記載されていない恩恵的なボーナスに適用されることはあっても、本件ボーナスについて適用することは合意されておらず、評価会議(annual reviewは、毎年一回六月に行われるサービスヘッド・ミーティングを意味すると解される)において次年度の目標を決めることによって、原告の次年度の歩合給の支払条件(原告個人の売上目標)が決まるという限度で右規定は理解されるべきであるし、就業規則Eの2bの規定は一般論を述べているにすぎない。

2 平成五-六会計年度の原告の本件ボーナスの対象となる売上高が二一五〇万二二一六円であるから、右年度に支払われるべき本件ボーナス額は二二二万五三三二円(二〇〇〇万円の一〇パーセントである二〇〇万円及び一五〇万二二一六円の一五パーセントである二二万五三三二円〔小数点以下切捨て〕の合計額)である。また、平成六-七会計年度の右売上高が二四七五万〇三〇〇円(当事者間に争いのない二〇三二万一五五〇円の他に、〈1〉ロングマン・ジャパンについての三七一万円、〈2〉ニッポンオーガノンについての七一万八七五〇円の合計、なお、売上高の一部は被告の他の役職員の行為により獲得されたとの被告の主張〔被告の主張5〕は否認する)であるから、右年度に支払われるべき本件ボーナス額は二七一万二五四五円(二〇〇〇万円の一〇パーセントである二〇〇万円及び四七五万〇三〇〇円の一五パーセントである七一万二五四五円の合計額)であり、既に支払われた一一一万七三五一円(なお、被告は一四七万八八四〇円を支払ったと主張し、右金額から三六万一四八九円を控除して一一一万七三五一円を現実に交付したと主張するが、所得税については計算根拠が明らかではなく、商工会議所会費については賃金から控除できず、ゴルフの借入金は原告が負担すべきものではなく、売上未成立分についてはすでに成立しているからいずれも控除の理由とはならない)を控除すると残額は一五九万五一九四円である。したがって、未払い本件ボーナス額の合計は、三八二万〇五二六円である。

3 被告は財務状況が悪かったことを主張する(被告の主張2)が、右事由は本件ボーナス不支給の事由とはならない。また、平成六年八月二六日のサービスヘッド・ミーティングで、原告が平成五-六会計年度の本件ボーナスの不支給に合意したことはないし、右会議で原告に対する本件ボーナスの不支給が決定されたこともない。さらに、本件ボーナスは、従業員に対する賞与とは異なり、歩合給の性質を有するから、これを請求することが信義則に反するものでもない(被告の主張4に対して)。そして、会計年度途中で退職した従業員にはボーナスを支払わないとの慣行も存しない(被告の主張4に対して)。

4 被告は原告の管理職としての能力が不十分であったと主張する(被告の主張3)が、そもそも右事由は本件ボーナス不支給の事由とはならない。また、原告は、被告からそのような指摘を在職中に受けたことはないうえ、抜群のセールス能力が部下の統率にも役立っていたほか、顧客との接し方について部下に役割を演じさせて訓練したり、検討会を開く等して部下に対する十分な指導及び指揮監督をしていた(なお、被告から平成五年九月に原告の本件ボーナスをコンサルタントとしてのボーナスに変更する旨の通知を受けたこともない)。また、被告は原告の職務懈怠を主張する(被告の主張3)が、この点も本件ボーナス不支給の事由とはならないうえ、懈怠の事実も存しない。

5 被告の競業避止義務違反の主張等(被告の主張6)は明らかに時機に遅れた攻撃防御方法として民事訴訟法一三九条一項に基づき却下されるべきものである。また、被告の業務は報酬を得て人材を需要のある企業に紹介するもので職業安定法三二条一項で禁止されている有料職業紹介事業に該当する違法な行為であるから、違法な業務を保護するための右競業避止義務の合意は無効である。さらに、原告は、インガソル・ランド・ジャパン・リミテッド(以下、インガソルという)に関する仕事について、被告のために行ったもので、報酬も全額被告が得ているし、ロングマン・ジャパンについては原告から連絡をとったことも一切なく、原告は、夫が大韓民国に転勤となったため、平成七年一〇月には日本を離れていること等を考慮すると、実質的に何ら競業避止義務違反の行為を行っていない。

(被告)

1 本件ボーナスは、歩合給ではなく賞与の性質を有するものであり、原告個人の売上高が本件契約書ⅣのC記載の金額に達した場合に当然に支払われるべき性質のものではない。本件ボーナスの支給は、本件契約書ⅣのE、就業規則Eの2b及び7a記載の内容により、原告個人の売上目標及び専門家としての業務目標の達成、原告担当部門の売上目標の達成、原告における契約事項の遵守、被告の経営状態及び所得という要素が総合的かつ相関的に考慮され、全額査定方式により被告代表者が決定すべきものである。したがって、右決定により初めて本件ボーナスの具体的請求権が生ずべきものであるから、原告の本件ボーナスの請求は、被告において、平成五-六会計年度については支給しないことを決めており、平成六-七会計年度は既に支給済みの額以上は支給しないことを決めている以上、何らの請求権もないと言うべきである。また、原告は、本件契約書ⅣのE記載の「annual review」について評価会議と訳したうえで次年度の目標を設定する会議であると主張するが、「会議」を意味する言葉は存しないし、報酬決定を定める本件契約書Ⅳにおいて、報酬決定とは無関係の次年度の目標を設定する会議に関する規定を置いたと解釈するのは不合理である。

2 被告の財務状況は、平成五-六会計年度については、六九七万九八七八円の経常損失を計上し、管理職の給与の一〇パーセント及び一般従業員の給与の五パーセントを削減し、ボーナスについては全従業員に支給しないことを決めなければならない等極端な業績不振であり、平成六-七会計年度についても、前年度の業績不振の影響が続き預金も五〇〇万円程度で従業員の給料に充てるのに精一杯の状況で、給料カットも続けており、阪神淡路大震災による約一〇〇〇万円の損失を被る等、いずれも本件ボーナスを支給できる財務状況ではなかった。

3 原告の担当部門の売上高は、平成五-六会計年度及び平成六-七会計年度のいずれも年間計画に達していなかった。また、原告の本件ボーナスは、一般のコンサルタントの二倍に相当する金額であったが、これは原告が管理職としての責任を負っていたからであるところ、原告は自分の部下に対する有効な教育を行わず、適切な指揮監督も行っていなかった。さらに、平成六年七月四日から八日まで及び同年九月一二日から二六日までの原告の休暇の間の仕事は被告代表者が行ったほか、原告は、平成七年二月九日、一〇日及び一三日から一七日まで被告の許可なく休暇をとり、顧客にも連絡しなかったために、顧客から仕事の依頼を拒絶されて二〇〇万円ないし三〇〇万円の損害を被った。右のとおり、原告が管理職として充分な職責を果たさず、職務懈怠もあったことから、被告は、財務状況も考慮して原告に対して本件ボーナスを支給しなかった(なお、被告は、平成五年九月、原告に対して平成五-六会計年度において担当部門の売上目標を達成出来なかった場合には、本件ボーナスをコンサルタントとしてのボーナスに変更することを通知している)。

4 平成五-六会計年度における本件ボーナスの不支給は、平成六年八月二六日のサービスヘッド・ミーティングにおいて原告も同意しているうえ、部下である従業員等に対する右年度のボーナスの不支給について、原告もサービスヘッド・ミーティングにおいて決議していることを考慮すると、信義則上当然というべきである。そして、平成六-七会計年度における本件ボーナスの不支給は、会計年度途中で退職した従業員にはボーナスを支払わないとの慣行によるものでもある。

5 被告が原告に対して支払った平成六-七会計年度におけるボーナスは、原告が平成七年二月二四日で退職することから、恩恵的配慮として支払ったものにすぎない。なお、平成六-七会計年度における本件ボーナスの対象となる売上高は、二四四二万九〇二〇円であり(当事者間に争いのない二〇三二万一五五〇円の他に、〈1〉ロングマン・ジャパンについての三七四万八〇九五円、〈2〉ニッポンオーガノンについての三五万九三七五円〔人材斡旋が不成功となったため、対象金額も成功の場合の半額とされる〕の合計、なお、売上高の一部は被告の他の役職員の行為により獲得されたものである)、これをコンサルタントの基準で計算して(管理職としての基準ではない)、被告は、原告に対して一四七万八八四〇円を支払った。なお、現実に交付した額は、一一一万七三五一円であるが、これは所得税二三万六六一四円、平成七年二月八日以降の在日米国商工会議所の会費八〇〇〇円、原告が被告から借り入れたゴルフコンペ代四万五〇〇〇円及び未だ売上金を顧客に請求できていない七一万八七五〇円のボーナス部分である七万一八七五円を控除した金額である。

6 原告は、本件契約書ⅢのA及び就業規則Fの5記載のとおり、退職後一年は被告の許可なく東京地区にある競合関係にある企業の経営に参加しないことを約定したにもかかわらず、バラ・インターナショナルという名称で、被告と競業関係にある人材開発コンサルタント業を開業し、被告の顧客であるインガソル及びロングマン・ジャパン等に接近して仕事を得ようとした。原告の右行為は、競業避止業務違反であり、就業規則Eの8記載の契約上の合意事項に従わない場合として、本件ボーナスの不支給事由に該当する。

なお、被告の業務は人材開発コンサルタント業務でその特質に鑑みれば職業安定法違反ではないうえ、仮に違反であるとしても右は取締法規であるから競業避止義務を定めた私法上の合意を無効とするものではない。また、仮に競業避止義務を定めた合意が無効であるなら労働契約自体も無効となり、本件ボーナスの請求もできないし、原告も同じ人材開発コンサルタント業務を行っているのであるから信義則上無効を主張できないというべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件ボーナスの性質)について

1  原告は本件ボーナスが歩合給たる性質を有し、原告個人の売上高が一定額に達すれば当然に請求権が生ずるものと主張するのに対し、被告は原告個人の売上目標の達成、専門家としての業務目標の達成、原告担当部門の売上目標の達成、原告における契約事項の遵守、被告の経営状態及び所得という要素が総合的かつ相関的に考慮される全額査定方式による賞与であり、被告の決定により初めて具体的請求権が生ずべきものであると主張するので判断する。

2  原告と被告との間における平成三-四会計年度以降の本件ボーナスの性質について検討するに、本件契約書ⅣのEに「ボーナスは、各会計年度の経営状態やビジネス計画に基づく毎年度の検討に従う」との記載が存し(前提となる事実2)、本件ボーナスが被告の査定により初めて発生するものである旨の被告代表者の供述等(書証略、被告代表者)が存する。しかしながら、〈1〉本件契約書ⅣのCの記載が原告個人が一定の売上高に達すれば、当然に本件ボーナス請求権が発生する内容の記載になっていること(前提となる事実2)、〈2〉本件契約書ⅣのEの「ビジネス計画に基づく毎年度の検討」の中に本件ボーナス支給の条件として担当部門の売上目標高達成という要素が含まれているとの被告の主張は、本件契約書ⅣのB記載のボーナスについては担当部門の売上高が一定の基準に到達した場合に支給されることが明示されていること(前提となる事実2)との対比で考えると採用できないこと、〈3〉同じく右「ビジネス計画に基づく毎年度の検討」の中に専門家としての業務目標の達成(管理職としての業績)が本件ボーナス支給の可否等の決定のための要素として含まれているとの被告の主張は、管理職としての具体的なビジネス計画が現実に立てられることが予定されていた訳ではないから(原告、弁論の全趣旨)、管理職としての業績を右要素として含ませる旨の合意があったとは言い難いうえ(また契約の文言上も抽象的な管理職としての業績を査定するとの記載があるわけでもない)、被告代表者は原告が初めから管理職としての能力がなかったと供述していながら、平成三-四会計年度及び平成四-五会計年度には本件ボーナスを支払っており(前提となる事実5)、また本件契約書について原告に説明したというレオ・ローレンスはⅣのCのうち「一九九一年九月一日」までの部分は管理職としての業績が関係しないが、それ以降の部分は管理職としての業績が関係する旨を陳述している(書証略)ところ、契約文言上、後半部分のみ管理職としての業績が関係しているとは解釈できないこと等から、被告の右主張は採用できないこと、〈4〉結局右「ビジネス計画に基づく毎年度の検討」の部分は、原告個人の売上高が目標高に到達したか否かの検討、あるいは次年度の売上目標高及びボーナス額の再検討という程度の意味にすぎないと認められること(前記〈2〉〈3〉、書証略、原告)、〈5〉就業規則ではコンサルタント以外の従業員のボーナスが勤務成績の査定によって発生することを明確に規定しているが(就業規則Eの3、「年二回のボーナスは、評価によって決められる」〔前提となる事実2〕)、原告等のコンサルタントのボーナスはその規定方法の違いを考慮すれば、明らかにコンサルタント以外の従業員のボーナスとはその性質が異なるものとして規定されていること(就業規則Eの2b、「ボーナスは、オークアソシエイツの所得と、契約に従った専門的な貢献に基づいて支払われる」〔前提となる事実2〕、なお「契約に従った専門的な貢献」とは、本件においては売上高が一定額に達することを意味するものと認められる〔前記〈2〉ないし〈4〉〕)、〈6〉本件契約書作成の段階では原告と被告との間で、原告個人が一定の売上高に達した場合には規定の本件ボーナス請求権が発生することを当然の前提としており、勤務成績等の査定あるいは経営状態に関する経営上の自由な判断に基づく決定により、初めて本件ボーナス請求権が発生するものとは考えていなかったと認められること(前記〈1〉ないし〈5〉、証拠略、原告、これに反する被告代表者の供述等〔書証略、被告代表者〕は採用できない)、〈7〉本件契約書ⅣのEの「ボーナスは、各会計年度の経営状態・・に基づく毎年度の検討に従う」との記載は、右〈1〉ないし〈6〉を前提とすると、被告の経営上の自由な判断で不支給又は減額を決めることができるという趣旨ではなく、会計年度の客観的な経営状況に鑑みて本件ボーナスを支給できない特別の事情のある場合(そして右事情に基づき不支給又は減額を決定した場合)にのみ、不支給等の事由となる旨の合意と認められること(原告は右規定は本件契約書に記載されていない恩恵的ボーナスに適用されることはあっても本件ボーナスには適用がない旨主張するが、本件契約書に記載のないボーナスについて規定を置く意味は乏しく、本件ボーナスには全く適用がないとの原告の主張は理由がない)、以上の事実に証拠(略)を総合考慮すると、本件ボーナスの性質は、被告の会計年度の客観的な経営状況により本件ボーナスの全部又は一部の支払いが不可能な場合に、被告が減額又は不支給の決定をすることを解除条件として、当該会計年度の原告個人の売上高が二〇〇〇万円に達した場合には当然に発生する賃金(但し後記一3の場合あり)としての性質を有するものと認められる。

3  ところで被告は、本件ボーナスが査定を前提としていると考えるべき理由のひとつとして、就業規則Eの8により原告が契約事項を遵守することが本件ボーナス支給の要件となっていることをあげているところ、就業規則Eの8には「ボーナスは、契約上の合意事項に従わない場合には、契約年の分は支払われない」との規定があるが(前提となる事実2)、右事項は客観的に定まる事項で被告の査定が問題となる事項ではないうえ、規則の文言上も必ずしも査定を予定して記載されているものではないことから、この点に関する被告の主張は理由がない。もっとも、右就業規則によれば、原告が「契約上の合意事項に従わない」場合にはボーナスの不支給事由となる旨の記載があるが、右規定はコンサルタント以外の従業員のボーナスについても適用される一般的な規定にすぎないうえ(前提となる事実2)、前記一2で認定判断したとおり、基本的に本件ボーナスの性質は経営状態が許さない場合を除いて売上高が一定額に達した場合には当然に発生する賃金としての性質を有するものであることから、右規定により本件ボーナスを不支給とすることができる場合は、原告の労働契約上の債務不履行が本件ボーナスを不支給とすることが相当と認められる程度に重大な場合に限られるものというべきである。

二  争点2(原告に競業避止義務違反があったか、またこれが本件ボーナスの不支給事由となるか)について

1  被告は、原告が本件契約書ⅢのA及び就業規則Fの5記載のとおり、退職後一年は被告の許可なく東京地区にある競合関係にある企業の経営に参加しないことを約束したにもかかわらず、バラ・インターナショナルという名称で、被告と競業関係にある人材開発コンサルタント業を開業し、被告の顧客であるインガソル及びロングマン・ジャパン等に接近して仕事を得ようとしたことが、右契約上の合意事項に従わない場合として、本件ボーナスの不支給事由に該当すると主張するので判断する(なお、原告の民事訴訟法一三九条一項に基づく申立ては却下する)。

2  証拠(略)によれば、原告は平成七年二月二四日に被告を退職した後にバラ・インターナショナルという名称で人材開発の仕事を始めようと考えて在日米国商工会議所に登録したこと、原告は退職直前の仕事としてインガソルのために技術者を探していたが完了前に退職したので退職後も被告とは離れて右技術者を探す仕事を続けて平成七年五月はこの仕事を完了したこと、右仕事による報酬は原告ではなく被告が受け取ったこと、平成七年九月にインガソルからの連絡で技術者を成功報酬で探す仕事を依頼されたが成功せずに報酬は受け取っていないこと、平成七年四月一日から原告の夫が大韓民国で仕事をするようになったので同年一〇月には大韓民国へ住居を移しており、原告において右仕事を続けてはいないこと、以上の事実が認められる(なお、ロングマン・ジャパンについては原告から積極的に連絡をとったと認めるに足りる証拠はない)。

ところで、就業規則Eの8により本件ボーナスを不支給とすることができる場合は、前記一3で判断のとおり、原告の労働契約上の債務不履行が本件ボーナスを不支給とすることが相当と認められる程度に重大な場合に限られるものというべきであるところ、右認定の内容は原被告間の雇用関係の継続中に発生した事由ではないうえ、インガソルの件以外に原告が現実に競業行為を行ったと認めるに足りる証拠はなく、インガソルの件においても原告が積極的に働きかけて本来被告が受けるべき仕事を奪ったというわけでもなく、報酬を受け取ってもいないこと等に鑑みると、原告に本件ボーナスを不支給とする程度に重大な債務不履行が存したものとは認められない。したがって、競業避止義務違反を理由とする被告の主張は理由がない。

三  平成五-六会計年度の本件ボーナス請求権について

1  前記一2で認定判断のとおり、本件ボーナス請求権は、被告の会計年度の客観的な経営状況により本件ボーナスの全部又は一部の支払いが不可能な場合に、被告が減額又は不支給の決定をすることを解除条件として発生するものであるところ、被告は、平成五-六会計年度の財務状況がきわめて悪かったので、原告に対して本件ボーナスを支給しないことを決定したと主張するので判断する。

2  証拠(略)によれば、被告において平成五-六会計年度は六九七万九八七八円の経常損失を計上していること、平成六年四月二二日には管理職の給与の一〇パーセント及び一般従業員の給与の五パーセントを削減することを決めてこれを実行していること、平成六年六月二四日ころまでに同年度のボーナスについては全従業員に支給しないことを決めたこと等の事実が認められるところ、右事実を総合考慮すると、平成五-六会計年度においては被告の客観的な経営状況により原告に対する本件ボーナスの全部又は一部の支払が不可能な状況であり、右状況に鑑みて本件ボーナスの不支給を決めたものと認められる。したがって、原告の平成五-六会計年度の本件ボーナス請求については理由がない。

四  平成六-七会計年度の本件ボーナス請求権について

1  被告は、平成六-七会計年度についても、前年度の業績不振の影響が続き預金も五〇〇万円程度で従業員の給料に充てるのに精一杯の状況で、給料カットも続けており、阪神淡路大震災による約一〇〇〇万円の損失を被る等本件ボーナスを支給できる財務状況ではなかったと主張するので判断する。

2  証拠(略)によれば、被告において前年度の業績不振の影響が一定程度続いていたこと、阪神淡路大震災により一定程度の損失を被ったこと、従業員の給料削減は平成七年六月まで続いたこと等の事実が認められる。しかしながら、本件ボーナスの支払いが不可能な経営状況であるか否かは、原告の退職時の状況を基準とすべきではなく、平成六-七会計年度の客観的な経営状況が判明する同会計年度末の状況を基準に判断すべきものであるところ(本件契約書ⅣのEも「各会計年度の経営状態・・に基づく毎年度の検討に従う」との記載であり、各会計年度末の状況を基準として考えるべきものと認められる)、同会計年度の後半以降は業績も相当程度回復していると認められること(証拠略)、従業員の給料削減も平成七年七月以降は行われていないこと、現実に原告に対して一定額のボーナスを支払っていること(前提となる事実5)等の事実に加えて、同会計年度末の財務状況が本件ボーナスの支払いを不能(全部又は一部)とする客観的状況であったとまで認めるに足りる証拠もないことから、結局、同会計年度における原告の本件ボーナス請求権は存するものというべきである(ところで、被告は、平成五年九月、原告に対して平成五-六会計年度において担当部門の売上目標を達成出来なかった場合には、本件ボーナスを以後コンサルタントとしてのボーナスに変更する旨を通知したと主張しているが、一方的な通知をもって右変更ができないことは明らかであるし、右変更に原告が同意したと認めるに足りる証拠もない。また、会計年度途中で退職した従業員にはボーナスを支払わない旨の慣行があるとの被告の主張についても、これを認めるに足りる証拠がない。さらに、管理職としての職責の点あるいは職務懈怠についての被告の主張についても〔なお査定と関連する主張については前記一2で認定判断のとおり〕、本件ボーナスを不支給とすることが相当と認められる程度に重大な原告の労働契約上の債務不履行の存在を認めるに足りる証拠はない)。

3  原告の平成六-七会計年度における本件ボーナスの対象となる売上高は、当事者間に争いのない二〇三二万一五五〇円の他に、〈1〉ロングマン・ジャパンについての三七四万八〇九五円(書証略)、〈2〉ニッポンオーガノンについての三五万九三七五円(証拠略)の合計である二四四二万九〇二〇円であると認められる(証拠略)。したがって、被告が原告に対して支払うべき平成六-七会計年度における本件ボーナス額は、二六六万四三五三円(二〇〇〇万円の一〇パーセントである二〇〇万円と四四二万九〇二〇円の一五パーセントである六六万四三五三円の合計額)である。

ところで、被告は、原告に対して平成六-七会計年度ボーナス分として一四七万八八四〇円を支払ったと主張するので判断する。一一一万七三五一円の支払いについては当事者間に争いがなく、所得税としての二三万六六一四円の控除については法令に従った控除であると認められるが(証拠略)、在日米国商工会議所の会費八〇〇〇円及びゴルフコンペ代四万五〇〇〇円については労働基準法二四条一項により賃金からの控除が許されず、売上金を顧客に請求できていない部分であると被告が主張する七万一八七五円についてはこれを認めるに足りる証拠がない。したがって、被告が原告に本件ボーナスとして支払ったと認められる金額は(正当に控除された部分を含む)、一三五万三九六五円(一一一万七三五一円と二三万六六一四円の合計額)である。

右によれば、被告が原告に対して支払うべき平成六-七会計年度における本件ボーナスの残額は、一三一万〇三八八円(二六六万四三五三円から一三五万三九六五円を減じた額)と認められる。

五  以上の事実によれば、本訴請求は、一三一万〇三八八円とこれに対する平成七年四月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 片田信宏)

別紙一 (本件契約書の記載事項の一部)

ⅢA 貴方が辞職したり契約を解除した場合、退職後一年は許可なく東京地区にある競合関係にある企業の経営に参加したり、許可なく担当部門のファイルの企業に就職したりしない。

Ⅳ 給与と報酬

A 基本給月額六〇万円(七二〇万円/年)

B ボーナスには以下のことが含まれる。

1 担当部門の達成額の合計が合意された最低金額に到達した場合において、売上のうち二五〇万円以下の部分に対しては三%。

2 担当部門の達成額の合計が合意された最低金額に到達した場合において、売上のうち二五〇万円以上の部分に対しては三・五%。

C 一九九一年九月一日までの中間管理職担当者のボーナスは、一五〇〇万円の売上を達成した場合二二〇万円、この総額(一五〇〇万円)を超える場合は役員会の判断で、特別のボーナスが支払われる。

一九九一年九月一日以降は以下のボーナス体系をとる。

・最初の二〇〇〇万円までの売上に対し、その一〇%

・売上のうち二〇〇〇万円から三〇〇〇万円の部分に対し、その一五%

・売上のうち三〇〇〇万円を超える部分に対し、その二〇%。

E ボーナスは、各会計年度の経営状態やビジネス計画に基づく毎年度の検討(原告は評価会議と主張、原文はannual review)に従う。

別紙二 (就業規則の記載事項の一部)

E 報酬

2 正社員のコンサルタントスタッフ

b ボーナスは、オークアソシエイツの所得(原文はincome)と、契約に従った専門的な貢献に基づいて支払われる。

3 正社員とパートタイムの事務管理スタッフ基本給は、その責任範囲や資格によって決められる。年二回のボーナスは、評価によって決められる。

7 ボーナスの規定

a 人材開発部

・ボーナスは、財務目標が達成され、その金額をオークアソシエイツが受領した以降に支払われる。

・予約金は、仕事が遂行されるか解約されるまで、ボーナスには含まれない。

b 他のボーナスは、契約条件に応じて支払われる。

8 ボーナスは、契約上の合意事項に従わない場合には、契約年の分は支払われない。

F コレクティブ・アクション

5 辞職あるいは解雇された場合、退職後一年間は、関東と関西地方にあるオークアソシエイツと競合する企業には就職しない。

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